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人間の成長とか心の性質とか

子どもを孕み産み育てるという体験を通して、
人間とはどういう生き物なのかを間近で見る機会に恵まれまくっている私である。
つくづく母になるとはすごいことだと思う。
男が過酷な修行により肉体と精神を痛めつけ続けてやっとどうにか行き着くことができるかどうかという悟りの境地までも、
母になることで極めて容易にたどり着くことができる(ような気がする)。

どっかの誰かの子宮に受精卵として誕生した瞬間から、
しわくちゃの老人になって息を引き取る日まで、
人の体は大きく変化していく。
それは生まれてからずっと右肩上がりで、ある時から緩やかに下降する。

一方、心は全く違っていて、
初めから完全な状態としてそこに存在する。
(なんなら子宮に誕生する以前から存在するようにも思うが、その辺を語りだすとスピスピした臭いがしてくるので、ここでは割愛する。)

心は、体が周囲の環境から得た知識や体験を刺激にして、どんどん形を変えていく。
けれど、それは体のように成長したり退化したりする類のものではなく、
その時の状況により、うねうねと変幻自在に形を変える。
スタートもなければゴールもない。
そもそも心と時間とは全く関係ないので、
劣化することもないし、筋トレも必要ない。
癖はあるけれど、繰り返すことをやめれば、すっとほどけていく。

自分を顧みても、37歳とはもっと大人だと思っていた。
だけど実際は、子どもの頃と中身は何も変わってないと思う。

そんな性質を持つ『心』というものが、
1歳の人にも37歳の人にも、同じように装備されている。
それをどう使うか、ただそれだけのこと。
だから私は、子どもに赤ちゃん言葉で話す人を見ると、恥ずかしくなることがある(全員にではない)。
両者の体の年齢と心の整い具合が真逆だったりするからだ。
自分の心の整い具合をわかってやってる人の時は、イタくない。

チケット売り場に「大人」「小人」という表記を見ることがあるけど、
あれは全くその通りだと思う。
子ども、という種類の人間ではない。
ただ、小さい人、産まれてからの年数が比較的少ない人、それだけのことなのだと思う。

特にオチはない。


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