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誕生日のこと。


今週、私は38歳になった。
その前日の夜のこと。

ふと、今日で自分は死ぬと思った。
翌日からはまっさらな自分が、今の自分の代わりを生きていくのだと。

新しい私に生まれ変わるのよ☆みたいなキラキラした感じじゃなくて(笑)。

だって、今の私は死ぬんだもの。
そして全くの別人が、明日から私に成り替わる。
今の自分は報われないまま一生を終えるわけだから。

「自分はみんなと同じようにできない。」

これは、はるか昔からいつまでも私の中に根強く残る想い。
いや、もはや呪い。

至極しょうもないことで言えば、
超寒がりのくせに、無理に周りの人と同じくらいの薄着してみたり、とか。
本当は人の倍は着ないと、冷え切って指も動かなくなるのに。
(まさに先日、薄着でカフェに入って凍える思いをしたので、自戒を込めて・・・)

そして、脚のひどいO脚。
このことは、どちらかと言えば、できないことの裏付け(言い訳)と化している。

自分はみんなと同じように歩けない。
だってほら、こんな脚だもの。しょうがないじゃない。的な。

なんとなく、この思い(呪い)が解けたら、脚は勝手に治っていくような気もしている。
全てを諦めて手放すとかしたら。

でも、膝を治すために思いを手放そう、なんてことになると、
たちまちおかしな方向へ落ちていくであろうことは、試さずともわかる(笑)。

そんなこんなで迎えた誕生日。そして以降の私はというと・・・

今の自分が生まれ変わった自分かどうか、なんて、確かめる術はない。
呪いが解けたかどうかも、わからない。
そりゃそうだ。
本当に以前の自分が死んだとしたら、もう当時の感覚はないのだから、
今と昔を比べることなんてできない。
記憶がある以上、表面的には、今までと同じように人生は続いているように見える。

でも、本当はもう、何度も何度も死んでいるのかもしれない。
果てしなく転生を繰り返しているのかもしれない。
命もやっぱり、フラクタルでさ、
前世と今世と来世の関係は、
昨日と今日と明日と同じで、一秒前と今と一秒後と同じで。
そういうもんかもしれない。

自分が子供を産んで以来、誕生日には不思議な気持ちになる。
なんでここに産まれてきたんだろう。
なんであの両親を選んだんだろう。
自分は何をしたかったんだろう。
自分は、どうやって死んでいくのだろう。
そんなこと。

子どもの頃は、ただ嬉しいだけだった誕生日が、
実は運命を決定づけたものすごい日なんだよなぁとか思って、
なんか、自分、すげえなって思う。

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