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5月14日 渋谷クラシックス

友人のライブを見に行った。

彼が歌うのは過去に一度聞いたことがあるが、きちんとしたステージは初めてだった。

私はライブに行くと必ず、歌いたくてうずうずしてくる。
自分が目の前のステージに立って、マイクを握りしめる場面を想像してしまう。
いつの頃からか、そんな癖ができてしまって、
ライブのDVDを見るときも、アーティストが演奏している映像よりもステージから見た観客席の風景の方に夢中になる。

この場に自分が立っていたら、どんなにか楽しくて気持ちがいいことだろう、と思うのだ。

残念ながら私にはまだ、巨大な会場にぎゅうぎゅう詰めになった観客の前で歌った経験などないのだけれど、
これだけ何度も夢想していたら、そのうち本当に叶うんじゃないかという気がしてくる。

この日の彼のステージは、こぢんまりとした空間に程よい数の観客がいて、
ドリンクを片手にのんびりと演奏を聴くことができた。

ところでこのライブの最中、私は重大なことに気がついてしまった。
「自分は人の歌をあまり聴いていない」ということだ。
びっくり。

演奏が始まると、私の心はどんどん広がり始め、世界を旅し始める。
過去の意外な出来事が蘇ったり、未来に思いを馳せたり、
さまざまな感情が次々と走馬灯のように現れては消えたりと、
まことに忙しい。
そして気がつくと、歌は終わってしまっているのだ。

歌に、音に、いくら集中しようとがんばってもダメで、
気付くと私の心はふわふわと、どこか遠くへ行ってしまう。

これが私の音楽との関わり方なのだろうな、と思った。
私は音そのものを聴いているのではない。
音の持つエネルギーを全身で感じているのだ。
そして、私の心のブラックホールにある膨大な思いの中から、
特定の音に反応した特定の何かが、ひょこっと飛び出してくる。

もちろんこれは私だけの超個人的な体験であり、
同じ場で同じ音楽を聴いたところで、他人には決して、私と同じように聴くことはできない。
そのようなことが、ライブ会場にいる全ての人間の中でそれぞれに起こっていると思うと、
この世界のパラレルっぷりに気が遠くなりそうになる。

私がこの日の彼から感じたものは「愛」だった。
彼の背後に、巨大な赤字の明朝体で「愛」という文字がどどーんと浮かび上がってきたような気がした。
ド直球の、ストレートな愛だった。
とても心地よく、満ち足りた気持ち。
まるでフランス料理のフルコースを堪能したかのような気分で、私は家路に着いた。

いい夜だった。

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